飲食業界におけるHPP(高圧加工技術)とは?
飲食の分野におけるHPP(高圧加工技術)(えいちぴーぴー、High Pressure Processing、Haute Pression a Froid)は、食材や食品を密閉容器に入れ、水などの液体媒体を用いて極めて高い圧力(おおよそ600MPa前後)をかけることで、加熱することなく微生物の不活化や鮮度保持を可能にする食品加工技術です。加熱による品質劣化を抑えつつ、食品の安全性と賞味期限の延長を両立できるため、飲食業界、とりわけ惣菜やジュース、調理済み食品を扱う分野で注目されています。
HPP(高圧加工技術)は、加熱殺菌と異なり、食品の色、香り、風味、栄養成分をできるだけ損なわずに微生物やウイルスを不活化する点が最大の特徴です。そのため、化学的な保存料や添加物を使用せずに、日持ちの良い食品を製造することが可能です。特に健康志向の高まりや、ナチュラル食品への需要が高まる中で、HPPは“次世代の食品加工法”として注目されています。
英語では「High Pressure Processing(ハイ・プレッシャー・プロセッシング)」、または略して「HPP」と呼ばれます。フランス語では「Haute Pression a Froid(オート・プレッシオン・ア・フロワ)」と表記され、特に冷蔵惣菜やプレミアムジュースを中心に欧州各国でも広く導入されています。
飲食業界においてHPPが活用されるケースとしては、低温で提供されるスープ、スムージー、フルーツジュース、ハムやソーセージなどの加工肉類、さらには真空パックされた弁当や総菜などが挙げられます。これらは従来の加熱処理では風味や食感に影響が出やすかった商品ですが、HPPの導入によって、より“できたてに近い味わい”を維持しつつ、販売可能期間を延ばすことが可能になりました。
また、サステナビリティの観点からもHPPは注目されており、食品ロスの削減や保存料の使用削減など、消費者・生産者の両方にとってメリットの多い技術です。近年では、中小規模の飲食業者やセントラルキッチンでも導入が進んでおり、日本国内においてもその普及は加速度的に広がりを見せています。
このように、HPP(高圧加工技術)は、品質、保存性、安全性を高いレベルで両立させる技術として、今後ますます飲食業界の中心的な加工法としての地位を確立していくと考えられます。
HPP(高圧加工技術)の歴史と背景
高圧加工技術(HPP)の研究は、19世紀末から始まっています。1899年にはアメリカのHite博士が、果物に高圧を加えることで微生物を抑制できる可能性を報告したのが最初の記録とされています。しかし当時は実用化に必要な高圧装置の技術が未熟であり、本格的な実用化は1990年代に入ってからとなります。
食品業界での実用化が最も進んだのは、アメリカとスペインです。特にアメリカでは、FDA(米国食品医薬品局)の認可を受け、ナチュラル系ジュースブランド「Suja」や「BluePrint」などがHPP技術を用いた商品を展開し、人気を博しました。また、スペインではハムやサラミなどの食肉加工品に導入され、高品質な商品を低添加物で製造する方法として定着しています。
日本では、2010年頃から食品メーカーや飲料メーカーを中心に導入が進み、2020年代にはコンビニエンスストア向けの冷蔵惣菜や、スムージー、ペットフード業界でも応用され始めています。
HPPという言葉自体は「High Pressure Processing」の略であり、物理的な圧力(主に水圧)によって食品中の微生物を不活化させるという意味合いから名づけられました。加熱処理を伴わないことから「コールドプレス処理」と呼ばれることもあります。
HPPの仕組みと飲食業界への応用
HPPの基本的な仕組みは、密閉したパッケージごと食品を装置内の水に浸し、数百メガパスカル(MPa)の圧力をかけるというものです。このとき食品全体に均等な圧力がかかり、内部の細菌やウイルスを破壊します。
圧力処理は短時間(数分)で完了し、加熱しないため、ビタミンや酵素、アミノ酸などの熱に弱い栄養素の損失が抑えられるという利点があります。また、味や香り、色、食感の変化も最小限にとどまり、まるで“作りたて”のような風味を維持できます。
飲食業界では、次のような活用が見られます。
- ・コールドプレスジュースやスムージー:酸化防止剤なしでの保存性向上
- ・低温調理済み食品(スープや煮込み料理):パウチのまま長期保存可能
- ・ハム、ソーセージ、ローストビーフ:色合いや風味を損なわずに日持ちアップ
- ・コンビニ向けの惣菜弁当:加熱殺菌よりも高い品質を維持
これにより、飲食店ではセントラルキッチンで製造した料理をHPP処理し、店舗でそのまま提供することでオペレーション効率の向上と品質の一貫性を確保することができます。
HPPの今後と課題
HPPの最大のメリットは、高品質な食品を加熱・添加物なしで提供できる点にあります。これは健康志向やナチュラル志向の高まる現代社会において、非常に大きな付加価値となっています。
一方で、導入コストの高さは課題のひとつです。HPP装置は高額な設備投資を必要とするため、現在のところは大手メーカーや協業型のセントラルキッチンを中心に導入されています。ただし、近年では装置の小型化やレンタルサービスの拡充により、中小規模の飲食店や食品工場でも導入可能となりつつあります。
また、HPPは加圧時に真空パックやプラスチック容器を使用する必要があるため、環境負荷をどう抑えるかも今後のテーマです。これに対応するため、再利用可能なパッケージやバイオマスプラスチックなどの研究開発も進められています。
将来的には、AIやIoTを活用したHPPの工程最適化や、食品ごとに圧力や処理時間をカスタマイズする高度制御技術の導入により、より多くの食品への応用が期待されています。
まとめ
HPP(高圧加工技術)は、飲食業界における食品加工技術の中でも、特に品質と安全性を両立させる画期的な手法として注目されています。
加熱や保存料に頼らず、食材本来の風味や栄養を守りながら、保存性を高めることができるこの技術は、今後の食品開発・飲食経営において極めて大きな役割を果たすと考えられます。
導入コストや環境対応といった課題もありますが、それを上回る食の安心・安全・おいしさへの貢献が、HPPの価値を高め続けています。