ビジプリ > 美術用語辞典 > 【コンセプチュアルアートの歴史的背景】

美術におけるコンセプチュアルアートの歴史的背景とは?

美術の分野におけるコンセプチュアルアートの歴史的背景(こんせぷちゅあるあーとのれきしてきはいけい、Historical Background of Conceptual Art、Contexte historique de l'art conceptuel)は、1960年代から1970年代にかけての国際的な社会状況、美術界の動向、思想的転換を土壌として展開された芸術運動の文脈を指します。芸術の本質を問う批評性と、物質的作品からの脱却を志向する潮流の中で誕生しました。



ポストモダンの胎動と芸術観の変化

コンセプチュアルアートの歴史的背景を理解するためには、1960年代後半の美術界における価値観の転換を押さえる必要があります。それまでのモダニズム芸術、特に抽象表現主義のような個人主義的・感覚的表現に対し、理知的かつ批評的な姿勢が急速に台頭してきました。

この動きの背景には、第二次世界大戦後の世界情勢、冷戦構造、学生運動、公民権運動、フェミニズム運動など、社会全体の構造への懐疑と抵抗がありました。芸術もまたその一部として、制度、経済、作者性、観者との関係性を再考する場となっていきました。

とりわけアメリカとヨーロッパの美術シーンでは、「芸術とは何か」「作品とは何を意味するか」といった問いが顕在化し、物質的な完成品を提示すること自体が問われるようになりました。このような思想的転換の中から、コンセプチュアルアートが姿を現すこととなります。



デュシャンの影響と前史的動向

コンセプチュアルアートは突如として現れたわけではなく、その前史としてマルセル・デュシャンのレディメイドがしばしば引用されます。1917年に発表された《泉》は、既製品の便器に署名を加えて展示するという衝撃的な作品であり、芸術の制度、作家の役割、物質の価値を根底から覆すものでした。

また、1950年代から60年代にかけては、ジョン・ケージの偶然性の音楽、フルクサスの行為芸術、イヴ・クラインの見えない作品、ハプニングやボディアートなど、非物質的・時間的・観念的な芸術が多く登場し、従来の造形美術とは異なる地平が開かれていきます。

こうした多様な試みが、物質を伴わない芸術の正統性を徐々に社会に認識させる素地となり、コンセプチュアルアートの台頭を後押しすることになったのです。



1960年代後半の展開と主要作家

1967年から1973年ごろにかけて、コンセプチュアルアートは明確な運動として展開されました。アメリカではジョセフ・コスース、ソル・ルウィット、ローレンス・ウィナー、ダン・グレアムらが中心となり、ヨーロッパではアート&ランゲージやダニエル・ビュレンなどが活躍しました。

彼らの作品は、言語、指示、図表、記述などを用いて、芸術の概念的側面を前面に押し出しました。たとえばコスースの《One and Three Chairs》は、椅子の実物・写真・辞書定義を並置し、存在・再現・記号の関係性を可視化しました。

この時期、美術館やギャラリーの枠を超えた場での展示や、印刷物、郵送作品、行為の記録といった形態も多く登場し、作品が存在する場所・形・意味の再定義がなされました。商業主義に対する批判や、作品の複製可能性に関する議論も含めて、芸術の本質を問い直す言説が美術界を席巻していきました。



その後の評価と今日への影響

1970年代半ば以降、コンセプチュアルアートは新たな段階へと移行し、社会的、政治的、ジェンダー的な問題を扱うアート実践へと展開していきました。直接的な運動としては終息したものの、その思想と方法論はさまざまなジャンルに継承されていきます。

現代美術におけるインスタレーション、参加型アート、アーカイブ・ベースの作品、批評的実践など、コンセプチュアルアートの影響を色濃く受けた表現は数多く見られます。また、教育やキュレーションの分野でも、その理論は現在に至るまで参照され続けています。

さらに、デジタルアート、NFT、AIアートといった新たなメディア芸術においても、物質性の放棄や概念性の重視という思想は、コンセプチュアルアートの延長線上にあるといえるでしょう。



まとめ

コンセプチュアルアートの歴史的背景には、1960年代の社会変革と芸術の自己批評性の高まり、そして非物質的表現への志向が密接に関係しています。

その問いかけは今なお続いており、現代芸術における表現の自由と知的実践の基盤として、重要な役割を果たし続けています。


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