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美術における美術におけるエコロジー思想とは?

美術の分野におけるエコロジー思想(びじゅつにおけるえころじーしそう、Ecological Thought in Art、La pensee ecologique dans l’art)は、自然環境との共生、持続可能性、地球規模の生態系への配慮を基盤とした表現や思想のあり方を指します。人間中心的な世界観を再考し、自然・動物・植物・鉱物・気候といった非人間的存在との関係性を見直す芸術実践として、21世紀以降、特に注目を集めています。



エコロジー思想の展開と美術への影響

エコロジー思想は、1970年代の環境運動やディープエコロジー(深層生態学)を起点に、自然環境の保全と倫理的配慮を重視する社会思想として発展してきました。美術分野ではこれに呼応するかたちで、自然環境をテーマにした表現や、自然素材を用いた作品が生まれ、人間と自然の関係性を再構築する動きが活発化します。

1970年代のアースワーク/ランドアート(ロバート・スミッソン、ナンシー・ホルト、アナ・メンディエタなど)は、自然を舞台にした大規模な表現を通じて、環境との一体化や風化、時間経過といった自然の力を芸術に取り込む試みでした。

以後、持続可能性、循環性、多種共存といった観点からの作品が増え、エコロジー思想は装飾的な「自然表現」ではなく、倫理的・政治的選択としての芸術へと進化していきます。



素材・制作・展示におけるエコロジー的実践

エコロジーに根差した美術は、作品の内容だけでなく、素材選びや制作工程にも深く関わります。たとえば、再生紙、土、木、石、廃材、堆肥などを素材とし、化学塗料やプラスチックの使用を控えることで、制作活動自体を環境倫理と結びつける作家も多くいます。

また、太陽光発電や風力を用いた展示、屋外での自然参加型アート、気候変動データを可視化するインフォグラフィック作品など、制作と鑑賞が環境に開かれた場として設計されます。

特に近年は、カーボンニュートラルを目指す展覧会や、輸送や消費エネルギーの削減を考慮したキュレーションも増加し、アートワールド全体がエコロジカルな視点を取り入れ始めています。



代表的アーティストと作品動向

エコロジー思想に基づく代表的なアーティストには、アンディ・ゴールズワージー(自然素材による儚い造形)、ニコ・ドクター(海洋汚染に関する映像と音響)、マリア・テレサ・アルヴェス(植物と人間の歴史)、トム・コルティナ(植物育成型インスタレーション)などが挙げられます。

また、日本では内藤礼や柳幸典のように、自然との関係性を静謐に問いかける表現が注目されてきました。環境問題をストレートに訴えるのではなく、生と死、循環、共生といった感覚的・存在論的次元から問い直す作品が多いことも特徴です。

さらに、アートコレクティブや地域コミュニティと協働するプロジェクト型アートも増加しており、エコロジー的実践は「作品」ではなく「場の創出」「関係性の構築」として展開されることもあります。



美術におけるエコロジー思想の意義と課題

美術とエコロジー思想の関係は、表現の枠を超え、生活や制度、未来の価値観にまで波及しています。とりわけ気候危機、生物多様性の喪失、資源の枯渇といった問題が深刻化する中、美術は「環境意識の可視化」や「感覚的共鳴の促進」といった役割を果たし得る媒体です。

しかし同時に、環境テーマを扱うことが「流行」や「アートマーケティング」の一環にとどまり、本質的なエコロジー的姿勢や制作倫理が伴わないケースも指摘されています。また、アート業界そのものが国際輸送や展示空間の大量消費を伴うため、制度全体の再設計が必要とされています。

今後の展望としては、「人間中心主義からの脱却」や「多種共存的世界の想像力」を基盤とするポストヒューマン的美術との融合、地域環境や固有のエコシステムを重視するローカルエコロジーの実践などが期待されます。



まとめ

美術におけるエコロジー思想は、自然との関係性を再構築し、持続可能で倫理的な芸術表現を模索する重要な潮流です。

素材選び、制作工程、展示形式、観者との関係までもが環境的視点に再編成される中、美術は単なる表現行為から、生態的想像力と共生の実践へと転換しつつあります。

この思想は、地球的課題と向き合う芸術の未来を指し示すとともに、美術そのものの価値と役割を根本から問い直す契機となるでしょう。

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