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美術における美術の制度批判とは?

美術の分野における制度批判(びじゅつのせいどひはん、Institutional Critique in Art、Critique institutionnelle dans l’art)は、芸術が生まれ、流通し、評価される過程における権力構造や社会的な制度、文化的枠組みを批判的に問い直す芸術的アプローチを指します。この批判的視点は、美術館、ギャラリー、アート市場、賞の制度など、芸術を取り巻くさまざまな機関がどのように作品の価値を決定し、どのような価値が「正当」とされるのかを問題にしています。



制度批判の起源と歴史的背景

美術の制度批判は、1960年代から1970年代のアートのポストモダン的な潮流の中で顕著になりました。特に、アメリカのアーティストたちが美術館やギャラリーといった制度的枠組みの中で、美術の価値がどのように形成されるかを批判するようになり、これが「インスティチューショナル・クリティーク(制度批判)」と呼ばれる運動として広まりました。

この運動の初期には、ダグラス・ハーリング、マイケル・アシュリ、ハンス・ハアケといったアーティストたちが、美術館やギャラリーの展示方法、コレクションの選定基準、アート市場の商業的動向に対する批判的な作品を発表しました。特に、ハンス・ハアケの《展示会》やマイケル・アシュリの《美術館の手続き》などは、アートがいかにして制度的に評価され、観客との関係を築くかという点を再考させるものでした。

これらの作品は、アートの展示空間や流通経路がいかに政治的で商業的な力に影響されているかを暴露し、アートの社会的機能や価値を問い直しました。



美術館・ギャラリーと権力構造

美術館やギャラリーは、美術作品を展示し、市場で価値をつける重要な役割を担っています。しかし、この空間がどのように機能しているか、どのような作品が選ばれ、展示され、販売されるかに関しては多くの権力関係が潜んでいます。美術館のコレクションや展示企画は、しばしば社会的、政治的な価値観や経済的な動向に左右され、ある種の価値基準や美的基準が強制されることになります。

たとえば、過去には白人男性中心の視点が美術館のコレクションや評価に支配的だったため、女性や非西洋系のアーティストが除外されたり、作品が適切に評価されないことがありました。これに対する反応として、フェミニズム美術やポストコロニアル美術が台頭し、現在では美術館が多文化的、多様な視点を取り入れるよう求められています。

また、アート市場においては、コレクターやギャラリー、オークションハウスなどが、どのアーティストの作品が価値を持ち、商業的に成功するかを決定します。これにより、商業的な成功と美術的な価値が必ずしも一致しないことがあり、アートの自由な表現や政治的・社会的なメッセージが商業的な制約を受けることもあります。



アート市場と商業主義の影響

アート市場の商業的側面は、美術の制度批判の重要な対象となります。近年では、美術が商業化し、アート市場の動向が芸術の制作や評価に大きな影響を与えているという批判が増えています。アートの価格はしばしばアートの美的・思想的価値を超えて、コレクターの意図や市場の流動性によって決まることがあります。

このような状況に対して、アーティストや批評家は、美術の商業主義に対する疑問を呈し、作品が持つ本来の価値やメッセージが、商業的な制約によって薄められていると指摘しています。さらに、アート市場が特定のグループ(高所得者層、企業など)によって支配されることで、アートの多様性や社会的な役割が損なわれることへの懸念も生じています。

アート市場の批評は、単に商業的成功の是非にとどまらず、アートが社会的、政治的、文化的な変革をもたらす力を持つべきだという視点を再評価するものです。



インスティチューショナル・クリティークと現代アート

現代アートにおけるインスティチューショナル・クリティークは、より多様なアプローチを取るようになり、単に美術館やギャラリーという伝統的な枠組みにとどまらず、社会的・政治的な機関、メディア、教育機関、そして文化的制度に対しても批判的な視点を持っています。

アーティストは、アートの展示空間そのものを批評するだけでなく、社会的問題をアートの枠を越えて取り上げ、作品を通じて制度に対する対話を促すような手法をとります。たとえば、アートと社会運動(環境運動、ジェンダー平等、人権など)を結びつける活動は、アートがその枠組みを超えて社会的・政治的な変化を促す力を持つことを示しています。

また、オンラインアートやデジタルメディアアートの登場は、従来の美術館という物理的空間に依存しない「デジタル空間での制度批判」を生み出し、仮想空間やソーシャルメディア上でのアート活動が新たな批評の場となっています。



まとめ

美術の制度批判は、美術の制作、展示、評価、流通における制度的な構造を問い直す重要なアートの潮流です。

美術館やギャラリー、アート市場といった美術の制度は、しばしば商業的、政治的な力に影響され、これに対する批判はアートの自由な表現と社会的・政治的な役割を再評価する契機となります。

インスティチューショナル・クリティークは、今後も美術のあり方を問い続け、アートが社会に与える影響とその意味を深めていくでしょう。



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