印刷業界における謄写版とは?
印刷業界における謄写版(とうしゃばん、Mimeograph / Duplicateur)とは、特殊な原稿を用いて複数枚の印刷物を作成するための手動または機械式の印刷装置を指します。19世紀後半に登場し、簡易的でコスト効率の良い印刷方法として、教育機関や企業、官公庁で広く普及しました。現在ではほとんど使用されていませんが、印刷技術の進化の一部としてその重要性が語り継がれています。
謄写版の歴史と由来
謄写版は、1876年にアメリカのトーマス・エジソンによって特許が取得された「エジソン複写機」が起源とされています。この技術は、その後改良され、ステンシル(原稿に穴を開けるシート)を使用してインクを透過させる方法が一般化しました。日本には19世紀末から20世紀初頭にかけて輸入され、「謄写版」という名称で普及しました。「謄写」とは、手書きで書き写すことを意味しており、当時の手作業による複製に代わる画期的な方法として評価されました。
戦後の日本では、学校や役所などで大量の資料を簡単に印刷する手段として謄写版が重宝されました。特に、手書き原稿を簡単に複数枚コピーできる点が注目され、プリント文化の発展に寄与しました。しかし、1970年代以降、オフセット印刷やコピー機などの新技術が普及すると、謄写版の利用は急激に減少しました。
謄写版の仕組みと特徴
謄写版の仕組みは以下の通りです。
- ステンシル原稿の作成:特殊な紙(ワックスシート)に文字や図形を打刻または手書きして穴を開ける。
- インクローラーで印刷:原稿を謄写版印刷機にセットし、インクをローラーで押し付けて紙に転写。
- 複数枚の印刷:同じ原稿を使用して、大量の印刷物を効率的に作成。
特徴として、謄写版はコストが低く、複数枚の印刷が比較的容易であった点が挙げられます。一方で、印刷精度が低く、細かい文字や複雑なデザインには不向きでした。また、手作業が多いため、現在のデジタル印刷と比べると効率性に欠ける部分もありました。
謄写版の活用例
謄写版は以下のような場面で活用されていました。
- 学校教育:テスト問題やプリント教材の大量作成。
- 行政文書:役所や官公庁での通知文や報告書の印刷。
- 企業内部資料:会議資料や従業員向けの情報提供用印刷物。
- 同人誌やサークル活動:個人や小規模グループによる冊子やフライヤーの作成。
例えば、戦後の学校では、教師が謄写版を使ってテスト問題を作成し、生徒全員に配布していました。また、同人誌活動では、手書きのイラストや文章を謄写版で印刷し、即売会で配布する文化も広がりました。
謄写版のメリットと限界
謄写版のメリットは以下の通りです。
- 低コスト:特殊な機材や大量のインクを必要とせず、経済的。
- 簡単な操作:特別な技術や訓練がなくても使用可能。
- 小規模印刷に適応:数十~数百枚程度の印刷に最適。
一方で、以下の限界がありました。
- 低い印刷品質:細かな文字やデザインの再現性に欠ける。
- 時間のかかる準備作業:ステンシル原稿の作成に手間がかかる。
- 耐久性の問題:ステンシル原稿が劣化すると、印刷枚数が制限される。
謄写版の現在とその影響
現在では、謄写版はほとんど使用されておらず、歴史的な印刷技術として語られる存在となっています。しかし、簡易的な印刷方法としての考え方は、今日のリソグラフ印刷やデジタルプリント技術に影響を与えています。また、手作業による温かみやクラフト感を求めるクリエイティブな分野では、謄写版の仕組みが見直される動きもあります。
今後も、謄写版は印刷技術の進化を理解する上で重要な位置づけを持ち続けるでしょう。その歴史的価値や独特の印刷表現は、デジタル全盛の時代においても特別な魅力として認識されています。