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舞台・演劇におけるアクティングインとは?

舞台・演劇の分野におけるアクティングイン(あくてぃんぐいん、Acting In、Jeu d’intériorisation)は、舞台・演劇において俳優が自身の内面で生じる感情や心理的な動きを、外在化せず、内側にとどめたまま“静かに演技として成立させる”演技手法を指します。

この概念は、心理学や精神分析における「Acting In(行為内在化)」から派生しており、本来はクライアントが自身の感情を外に出さず、セラピーの場で内側に抱えたまま振る舞う防衛的行動を指します。演劇においては、この内在化を意識的に演技に取り入れることで、登場人物の内面の深層を“表現しないことによって表現する”高度な演技技術とされています。

アクティングインは、特にリアリズム演劇や心理劇、映画演技などにおいて重視されるアプローチであり、激しい感情や葛藤をあえて外側に出さずに内に抱え込むことで、観客に緊張感や共感、想像の余地を与えるという表現効果を持ちます。

このような演技は、演者に高度な集中力と感情コントロールを求めると同時に、観客に対して“見えないものを見る力”を喚起する演劇的コミュニケーションとも言えるでしょう。

本記事では、アクティングインの背景、演劇実践における活用方法、他の演技技法との違い、現代演劇における意義について詳しく解説いたします。



アクティングインの起源と概念的背景

アクティングインという言葉の起源は、精神分析の分野にあります。20世紀初頭のフロイト派精神分析では、患者が自分の感情を治療者に直接ぶつける「Acting Out(アクティングアウト)」に対し、感情を外に出さず、内面に閉じ込めたままの行動を「Acting In」と定義しました。

この行動は、セラピーにおける防衛機制や転移と関連し、「見せないこと」「語らないこと」が逆に重要な情報を含んでいることを示唆します。この考え方は、“表現されないものの中にこそ真実がある”という美学と深く結びついており、演劇にも強い影響を与えてきました。

演劇においてアクティングインは、スタニスラフスキー、チェーホフ、マイズナーなどの流れを汲むリアリズム演技やメソッド演技において、内面の感情を“演じずに感じる”ことによってリアリティを生む技術として定着しています。

特に映画演技のようなクローズアップでの演技では、微細な表情変化、呼吸、視線などが重要な情報源となるため、アクティングインの技法が不可欠です。



演劇におけるアクティングインの技法と実践

アクティングインを演技に応用するには、内面で感情をリアルに経験しつつも、それを過剰に表現しないという、高度なコントロールが求められます。以下は代表的な実践方法です。

  • 1. サブテキストの構築:台詞の背後にある“本音”や“抑圧された感情”を想定し、それを感じながら言葉を発する。
  • 2. 静的演技(Stillness):大きな動作を避け、視線・呼吸・身体の緊張など最小限の表現で感情を伝える。
  • 3. 感情の内在化訓練:怒りや悲しみを大声で発散せず、心の中で燃やし続けることで内面的な熱量を保ちつつ、外には出さない。
  • 4. リアクションの抑制:他者からの刺激に対して即時に反応せず、沈黙や間を利用して心理的揺れを表現する。

これらの技法は、演者の“感じる力”と“感じていながら止まる力”の両方を鍛えることになります。アクティングインでは、感情の存在を観客に想像させることが目的であり、あえて“見せない”ことで観客の感受性に訴えかけます。

このような演技は、心理劇や内面的葛藤をテーマとした作品、あるいは不安や孤独など言葉にできない感情を扱う場面で非常に効果を発揮します。



アクティングインの演劇的意義と今後の展望

アクティングインは、表現の「引き算」としての演技法であり、現代演劇において重要な美学的意味を持ちます。

その意義は以下のように整理できます:

  • 1. 内面のリアリズムを創出:誇張された演技ではなく、リアルな心理の微細な動きが観客の共感を呼ぶ。
  • 2. 観客の想像力を喚起:明示されない感情があることで、観客がその“間”を埋めようとする能動的な鑑賞が生まれる。
  • 3. 演出の静寂美学と相性が良い:静けさ、沈黙、余白のある演出スタイルにおいて、控えめな演技が強い効果を生む。
  • 4. ポストドラマ演劇における応用:言葉の脱中心化、身体や感覚中心の演出において、アクティングインは“受信する演技”としての価値を持つ。

また、現代においてはSNSや映像メディアの影響により、「控えめで、でも強く伝わる演技」が求められる傾向があります。その中で、アクティングインは、心の奥底で揺れる感情を静かに伝える力として、より重要性を増していくでしょう。

演技において“何をするか”ではなく、“何をしないか”という選択を含めること。その選択こそが、舞台芸術の深さを形作るのです。



まとめ

アクティングインとは、演者が内面で起こる感情や葛藤をあえて外に出さず、その内在したエネルギーを保ちながら演技を成立させる演技技法です。

このアプローチは、現代演劇や映画におけるリアリズム、観客との共感形成、そして演技の余白の美学に深く関わっています。

表現しないことで表現する──アクティングインは、沈黙と内面の輝きが共鳴する、繊細で力強い演劇表現の一形態なのです。


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