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演劇におけるフィックスライトとは?

舞台・演劇の分野におけるフィックスライト(ふぃっくすらいと、Fixed Light、Projecteur fixe)とは、照明器具の光軸と光量を固定し、リハーサル段階で決定した位置・角度・色温度のまま本番まで一切変更しない照明手法を指します。美術の領域では、ギャラリーや展示空間において作品を常に同一のライティングで鑑賞者に提示する「固定照明」が用いられますが、舞台でも同様に、ある場面やセットの「表情」を変えずに一定に保つことで、〈情感〉〈空間認識〉〈構図〉を観客に強く印象づける役割を果たします。演出家や照明デザイナーは、各シーンで使用するフィックスライトを綿密にプランニングし、俳優の動線やセットの陰影を固定的に演出することで、台詞や音響と相まって〈心理的な静謐さ〉〈時間の停滞感〉〈象徴的ビジュアル〉を創出します。本手法は、とくにミニマル演劇や抽象演出を行う舞台で多用され、光の揺らぎを排して〈映し絵としての空間〉を観客に提示するために不可欠な技術です。



フィックスライトの起源と演劇史的背景

フィックスライトの技術的源流は、19世紀末のガス灯や白熱灯時代に舞台美術家が開発した「スポット固定照明」にさかのぼります。大規模オペラハウスで多灯を使い分ける中、特定の場面を一灯で静かに照らす演出が生まれ、これが後の電気スポットライト固定技法へと発展しました。

20世紀中盤、モダン演劇の潮流の中で、舞台照明は動的なチェイスやフェードが主流となりましたが、同時にピーター・ブルックら前衛演出家は〈極度の静寂〉と〈光の一点集中〉を追求し、フィックスライトを効果的に活用することで、演劇を〈絵画的空間〉として昇華させました。



フィックスライトの技術と演出上の工夫

フィックスライトは、固定性が最大の特徴です。照明器具にはGoboやカラーゲルを装着せず、ワイヤーやクランプで完全に位置を固定。角度はリハーサル中に数ミリ単位で調整し、再現性を高めます。

演出家は、フィックスライトによって作られる〈影〉〈輪郭〉〈色調〉を意図的にデザインし、俳優がその光の「帯」からはみ出さないように動線を設定。俳優の立ち位置で顔の表情や衣裳の質感が最も映えるスポットを事前にマークし、毎回同じ光景を維持します。

また、舞台監督は本番中に照明卓に触れず、あえて「ノータッチ運用」を宣言。これにより、光の静的演出が舞台全体に〈不動の構図〉として定着し、上演の緊張感や象徴性を高めます。



現代演劇における応用事例と展望

現代の小劇場やスタジオ演劇では、LEDパーライトをフィックスライトとして用い、色温度や照度を一本化して高い省電力と再現性を実現しています。抽象劇やダンス公演では、フィックスライトによる〈一瞬の静止画〉のようなビジュアル演出が観客に強い印象を残しています。

今後は、AIによる自動位置キャリブレーションやDMX Over IP技術の導入で、リハーサル段階で決定したフィックスライトの設定を遠隔地の複数劇場へ正確に同期配信できるようになる見込みです。これにより、ツアー公演や多地点同時上演でも同一の〈光景〉を再現可能となり、フィックスライト演出の可能性はさらに広がるでしょう。



まとめ

フィックスライトは、舞台空間を静的に〈映し絵〉として提示し、影・輪郭・色調を固定化する照明技法です。19世紀末のスポットライト技術を源流に、前衛演出家によって美学として昇華され、現代ではLEDやAI同期技術と結びつきながら進化しています。今後はツアーや多地点同時上演への適用が進み、演劇における〈光の静謐〉表現が普遍化することでしょう。

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