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演劇におけるフェイクアウトとは?

舞台・演劇の分野におけるフェイクアウト(ふぇいくあうと、Fake Out、Feinte)とは、観客の予期や期待を巧みに裏切る演出技法を指します。美術の分野における「フェイクアウト」は、たとえばトロンプ・ルイユ(目をだます絵画技法)で壁画を本物と見紛わせる手法に通じますが、演劇では脚本や演出、舞台装置、照明、音響、俳優の動きなどを組み合わせて「これはこう進むだろう」と観客が予想した瞬間に、その流れを断ち切り意外な展開へ導くことで、強い驚きや高揚感を生み出します。

演出家は、シーンの前半をあえて定型的なプロット進行に見せかけたり、俳優に「らしさ」を強調させたり、音響や照明をステレオタイプな合図として用いることで観客の予測を固めます。そこへ意表を突く台詞の差し込み、舞台装置の仕掛け転換、照明の突然のカット、予告なしの幕引きなどで驚きを与えます。フェイクアウトを用いることで、物語の緊張感が一気に高まり、観客はその後の展開にいっそう没入します。



フェイクアウトの歴史と発展

フェイクアウトの原型は、18世紀イギリスの喜劇やフランスのオペラ・コミックにおけるどんでん返し(retournement)に見られます。当時は全幕を通じてキャラクターの立ち位置や動線を予想させ、クライマックスで突然設定を覆す手法が好まれました。

20世紀に入ると、アルトゥル・ショーペンハウアーやアンリ・ベルクソンらが「予測と驚き」の心理効果を理論化し、モダン演劇における〈構造的どんでん返し〉や〈パターンの中断〉として脚本技法に取り入れられました。ピーター・ブルックやベルトルト・ブレヒトは、観客の予測をあえて裏切ることでリアリティへの感受性を高める試みを行い、それが現代演出におけるフェイクアウトの源流となりました。



演出技法としての工夫

フェイクアウトには、主に三つのアプローチがあります。まず、ナラティブ・フェイクアウト。脚本上の伏線や定型パターンを使い、観客に次の展開を予想させたうえで、意外な展開へ切り替えます。

次に、視覚的フェイクアウト。舞台装置や照明、映像で「ここに○○がある」と思わせておき、俳優がその前提を覆す動きを見せることで驚きを演出します。

そして、音響・聴覚的フェイクアウト。特定の効果音や音楽のパターンで「恐怖が来る」「感動のクライマックス」などを示唆しながら、まったく別の音響や無音に切り替えて予想を裏切ります。



現代演劇における応用と展望

現代では、マルチメディアやVRと組み合わせた〈デジタルフェイクアウト〉が実験的に利用されています。プロジェクションマッピングで背景が次々に変化するかのように見せかけ、突然空間が暗転し俳優だけが浮かび上がるなど、物理装置と映像のズレを利用した驚きの演出が可能です。

また、インタラクティブシアターや参加型上演では、観客の選択を導くような仕掛けを配置し、実際には用意された別のシナリオへ誘導することで、〈観客へのフェイクアウト〉を行います。今後はAIを用いた観客行動予測システムと連携し、一人ひとりに異なるタイミングでフェイクアウトを仕掛ける〈パーソナル・フェイクアウト〉演出も期待されています。



まとめ

フェイクアウトは、観客の予測を巧みに利用し、意図的に裏切ることで驚きや高揚感を生み出す演出技法です。18世紀のどんでん返しから現代のデジタル演出まで発展し、ナラティブ・視覚・聴覚の各面で多彩なアプローチが可能です。今後はVR・AI・インタラクション技術と結びつき、さらに個別化されたフェイクアウト演出が舞台芸術に新たな興奮をもたらすでしょう。

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