演劇におけるフルセットプロダクションとは?
舞台・演劇の分野におけるフルセットプロダクション(ふるせっとぷろだくしょん、Full-Set Production、Production tout decor)は、舞台装置、美術、小道具、衣裳、照明、音響など、すべてのプロダクション要素を完全版で導入し、劇場での上演環境をまさに“本番仕様”そのままに構築して行う制作形態を指します。試演台本の読み合わせや部分的なリハーサル段階ではなく、初期段階から本番と同じセットを用い、俳優やスタッフが実際の空間感覚や演出動線、装置の操作性を確認しながら創作を進めるワークフローが特徴です。
フルセットプロダクションの歴史と発展
フルセットプロダクションの源流は19世紀のヨーロッパ近代演劇にあります。当時、美術監督が豪華なセットを劇場に組み込み、〈絵画のような舞台〉を実現すると同時に、俳優はその本格的な空間で動きを調整せねばなりませんでした。
20世紀初頭には、リアリズム演劇を標榜するグループが「本物の台所」や「実物大の街角」を劇場内に再現する実験を行い、演劇における「空間の完全再現」という概念が生まれました。戦後はプロダクション規模の拡大とともに、演出家・美術・技術スタッフが連携して初期段階から〈本番セット〉を用いる手法が確立し、今日のフルセットプロダクションへと発展しました。
フルセットプロダクションの制作プロセス
フルセットプロダクションでは、まず脚本のコンセプト段階から美術プランを本番劇場の寸法に合わせて詳細に設計します。〈場当たり〉では、本番と同じ照明プロットを組み、本番小道具を俳優が実際に操作しながら動線を詰めます。
装置では、合板や金属、発泡素材による〈本番仕様〉のセットパーツを組み上げ、舞台監督が転換時間を計測・調整。衣裳やメイクも最終版を用い、俳優は重量感や着心地を確かめて演技を最適化します。音響では本番機材と同一のスピーカー配置およびマイク設定で通し稽古を行い、俳優の声量や効果音の定位を精緻に調整します。
フルセットプロダクションの効果と課題
フルセットプロダクションは、〈俳優の身体と演出空間の一体化〉を促進し、観客にリアルな臨場感を提供する大きなメリットがあります。本番機材を早期から使用するため、技術的トラブルを事前に潰せる点も強みです。
一方で、制作コストと期間が大幅に増加し、劇場の稼働やスタッフの負担が増すという課題があります。そのため小規模公演では、稽古場でのミニチュア模型やVRシミュレーションを併用し、本番セット導入のタイミングを遅らせる工夫も行われています。
まとめ
フルセットプロダクションは、本番劇場の空間・装置・機材を初期段階から全面導入し、演者・技術スタッフが〈本番仕様〉で創作を進める手法です。19世紀ヨーロッパのリアリズム演劇に起源を持ち、20世紀以降に技術発展とともに標準化されました。俳優の動線最適化や観客の臨場感向上など多くの利点を持つ一方、コスト増やスケジュール調整の難しさもあり、VRや模型併用など効率化の工夫が今後も進むでしょう。