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舞台・演劇におけるインターセクションシアターとは?

美術の分野におけるインターセクションシアター(いんたーせくしょんしあたー、Intersection Theatre、Théâtre d'intersection)は、ジェンダー、階級、人種、障がい、セクシュアリティなど、多層的な社会的アイデンティティの交差点(インターセクショナリティ)に焦点を当てた舞台演劇の形式を指します。

「Intersection(交差)」という語が示すように、本手法では一人ひとりの個人が持つ多様な属性や背景が、どのように相互に影響し合い、社会的構造の中で演じられるかに着目します。フランス語表記では「Théâtre d'intersection」となり、直訳すれば「交差の演劇」あるいは「交点の舞台」とも訳すことができます。

インターセクションシアターは、美術や舞台芸術において政治性と芸術性の融合を図る試みとして注目されており、従来の演劇が抱えていた「単一的な語り」の限界を越え、多声的・包摂的な物語世界を実現しようとする現代的な表現方法のひとつです。

このスタイルは、社会運動と密接に関わりながら発展してきました。特にフェミニズム、クィア理論、ブラック・ライブズ・マター運動、多文化主義演劇、障がい者表現の領域で展開されており、舞台を通じて多様な存在が対等に声を持ち、表現の権利を獲得する場を提供します。

演出上の特徴としては、複数のナラティブが重なり合う構成ノンリニアな時間構造観客との対話的要素実体験の引用や共同創作が挙げられ、単なるフィクションを超えて、社会的リアリティを舞台化することを重視しています。



インターセクションシアターの背景と歴史

「インターセクションシアター」という言葉自体は比較的新しいものですが、その思想的基盤は1989年にアメリカの法学者キンバリー・クレンショウが提唱した「インターセクショナリティ(交差性)」という概念に遡ります。この理論は、特定の社会的属性(たとえば「女性」「黒人」など)だけで語ることでは見えにくい複雑な抑圧の構造を可視化するために生まれました。

1990年代以降、フェミニズム演劇、ブラック・シアター、LGBTQ+演劇、ラテン系演劇、障がい者演劇など、多様な立場からの表現が活性化し、次第に「交差するアイデンティティ」そのものを表現の中心に据える舞台作品が増加していきます。

特に欧米の演劇シーンでは、アートを社会変革のツールとして位置づける動きが加速し、大学や公共劇場を中心に「インターセクショナリティ・ベースド・ドラマ」や「ディバイジング(共同創作)演劇」として制度的にも支援が拡大してきました。

近年では、パンデミックやジェンダー平等、気候変動などを背景に、インターセクションシアターは「個別の声の集合体」として、多様な社会課題の表現手段としても注目されています。



インターセクションシアターの特徴と実践技法

インターセクションシアターの特徴は、単なる登場人物の多様性にとどまらず、物語構造、演出形式、創作プロセスにも「交差する視点」が取り込まれている点にあります。以下に主な演出的特徴を示します。

  • モザイク構造の物語:複数のキャラクターの断片的な物語が重なり合い、観客はそこから自らの視点で意味を読み取る。
  • ノンリニア時間軸:時間が前後したり、複数の時代・場面が同時進行することで、経験の交差性を強調。
  • 実話に基づく共同創作(Verbatim theatre):出演者の実体験や調査データをもとに台詞が作られる。
  • 観客参加型構造:観客の発言や選択が演劇の進行に影響するインタラクティブな要素を含む。
  • 舞台装置の象徴性:空間が単なる背景ではなく、差別構造や文化的背景の「可視化装置」として機能する。

これらの要素を通じて、観客は登場人物の置かれた文脈だけでなく、自らの社会的位置をも相対化する体験へと導かれます。まさに「見る」だけではなく「問われる」演劇体験です。

さらに、制作現場でもインターセクションシアターは新しい潮流を生んでいます。演出家が主導するのではなく、俳優・作家・観客・地域住民などがフラットに関わり、共に物語を紡ぐスタイルが推奨されており、演劇の民主化・脱中央集権的構造に寄与しています。



現代における意義と展望

多様性・包摂性が社会課題の中心となる現代において、インターセクションシアターの役割はますます大きくなっています。特に以下の点で重要な意義を持ちます:

  • 声なき声の可視化:マイノリティに属する人々が、自らの語りを通じて社会と対話する場を生み出す。
  • 共感から連帯へ:観客が「他者の経験」を安全に追体験し、多層的な共感を得ることで、社会的想像力が広がる。
  • 教育的価値:学校教育や地域活動において、自己理解と他者理解を深めるアクティブラーニングの素材となる。

今後は、AR/VRを活用したデジタル演劇や、移民・難民といった国境を超えたテーマへの応用、さらにはAIによるナラティブの自動生成などとも融合し、「交差性×テクノロジー」という新たな演劇形式の可能性が広がっています。

その一方で、表層的な「多様性の演出」ではなく、実際の制作体制においても多様性と平等性が担保されることが、インターセクションシアターの信頼性と倫理性を担保する鍵となります。



まとめ

インターセクションシアターとは、交差するアイデンティティを舞台上で可視化する現代的な演劇手法であり、個々の背景を尊重しながら、複雑な社会構造を表現することを目的としています。

その表現形式は多様で、物語構造、演出手法、創作体制のすべてにおいて「交差性=インターセクション」が貫かれています。

観客にとっては、他者理解を深め、自らの立場を見つめ直す契機となる舞台体験であり、演劇という芸術がいかにして社会に介入し、包摂的な未来を描きうるかを体現するものといえるでしょう。


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