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舞台・演劇におけるインダストリアルライティングとは?

美術の分野におけるインダストリアルライティング(いんだすとりあるらいてぃんぐ、Industrial Lighting、Éclairage industriel)は、本来は工場や倉庫など産業施設における実用的な照明手法を指す言葉ですが、舞台・演劇の分野においては、こうした産業的・工業的な意匠や機能性を強調した照明技術や演出スタイルを意味します。

この概念は、装飾性よりも機能性・構造美・現場感を重視する演出手法の一環として、特に現代演劇やコンテンポラリー・ダンス、ポストドラマ演劇などにおいて活用されています。英語の “Industrial Lighting” は直訳すると「工業照明」、フランス語では “Éclairage industriel” とされ、もともと演劇用語ではありませんでしたが、近年、アートや舞台演出の文脈でも用いられるようになっています。

舞台におけるインダストリアルライティングは、舞台美術における無骨さや粗野な質感と相まって、リアルかつ都市的・冷淡・機能的な美学を演出するために使用されることが多く、演出家や照明デザイナーにとっては、空間のトーンを決定づける重要な選択肢となっています。

このスタイルでは、たとえば蛍光灯、裸電球、工業用アームライトなどが舞台装置としてむき出しのまま使用されたり、照明機材自体が舞台演出の一部として可視化されることもあります。こうした手法は、演劇における「人工性」や「劇場的虚構」を意図的に露呈させ、観客に新たな視点を促す効果も期待されます。



インダストリアルライティングの歴史と発展

インダストリアルライティングの演劇的応用は、20世紀後半以降のポストモダン演劇や現代舞台芸術の中で発展してきました。特に1970年代以降、演劇はそれまでの写実的表現から離れ、「劇場そのもの」や「装置の見せ方」に対して批評的な目を向けるようになります。

この流れの中で、装飾的でない、むしろ「機械的」あるいは「構造的」な照明演出が注目を集め、冷たく、無機質で、都市的な空間を創出するための手段として、インダストリアルな照明手法が導入されるようになりました。

インダストリアルデザインがアートや建築分野で注目されるようになったのと並行して、舞台照明でも従来のスポットライトやピンスポットだけでなく、蛍光灯、金属製グリッド、LED直管などの産業用照明機材が演出の一環として活用される事例が増えていきます。

また、照明が「効果的な影や雰囲気を作り出すもの」から、「物理的・空間的リアリティを暴き出すもの」へと変化していく中で、インダストリアルライティングはその象徴的な存在となりました。



舞台上での使用例と特徴

インダストリアルライティングの舞台表現における実践例には、以下のような特徴があります。

1. 実用的な光源の使用
演出上の意図から、オフィス用蛍光灯や建設現場の投光器、警告灯など、日常空間で使用される光源をそのまま舞台に設置します。これにより、「虚構としての演劇空間」が破られ、観客はよりドキュメンタリー的な感覚に引き込まれます。

2. 光源自体の可視化
従来は隠されていた照明器具を、あえて舞台上にむき出しのまま設置することで、演劇空間の構造性や人工性を明らかにします。これにより、演劇における「見せる/見られる」の関係が問い直されます。

3. コントラストの強調
鋭く直線的な光や、異様に白い光などが多用されることで、舞台上に生々しいコントラストが生まれます。登場人物の影や肌の質感までもが露骨に浮かび上がり、演技の「生身性」が強調されます。

4. インスタレーションとの融合
インダストリアルライティングは、インスタレーションアートの手法とも親和性が高く、舞台空間全体を一つのアート作品として構築する上でも重要な役割を果たします。観客は「劇を観る」のではなく、「空間を体験する」方向へと導かれます。

このように、インダストリアルライティングは単なる照明技術ではなく、空間演出の哲学であり、現代の舞台演出において多様な表現可能性を拓くものとなっています。



現代における位置づけと展望

現在、インダストリアルライティングは、特定の劇場演出家や照明デザイナーの作風として確立されており、特に次のような文脈で活用されています。

1. 都市的テーマや社会問題との連動
都市の疎外感や労働、暴力、不条理などを扱う作品では、その主題と調和する空間構築として、インダストリアルライティングが採用されます。冷たい光は社会的距離や個人の孤立を象徴する手法として有効です。

2. ポストドラマ演劇との親和性
物語中心の構成ではなく、空間的体験そのものが主眼となるポストドラマ演劇では、インダストリアルライティングの「構造性」がそのまま演劇の主題となることがあります。

3. テクノロジーとの融合
近年では、インダストリアルな照明機材にIoTやセンサー技術を組み合わせ、音や動きに連動して照明が変化する演出も登場しています。こうした手法は、観客の参加や空間の即時的変化を可能にし、演劇のリアリティを強化します。

加えて、環境への配慮や省エネの観点から、LEDなどエネルギー効率の高い産業用照明を使用する流れもあり、インダストリアルライティングは今後ますます多面的に発展していくと考えられます。



まとめ

インダストリアルライティングとは、産業用の実用照明を応用した演出手法であり、冷たさ・構造性・現実感を舞台上に強く表現する手段として現代演劇に定着しています。

照明という要素を「感情の補助」から「空間そのものの構築」へと変容させるこの手法は、ポストモダン的演出や社会的メッセージを込めた作品において強力な演出効果を発揮します。

今後も、テクノロジーとの連携や環境配慮型の照明機材の進化に伴い、インダストリアルライティングは演劇における新たな美学の領域として発展を続けていくことでしょう。


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