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舞台・演劇におけるインビジブルパフォーマンスとは?

舞台・演劇の分野におけるインビジブルパフォーマンス(いんびじぶるぱふぉーまんす、Invisible Performance、Performance invisible)は、演者や演出が観客の目に「意図的に見えない」形で行われる芸術的表現の一形態を指します。これには、舞台上での物理的な不可視性だけでなく、日常空間で行われるパフォーマンスが「演劇であることに気づかれない」ように展開される手法も含まれます。

視覚中心の従来の舞台芸術とは異なり、インビジブルパフォーマンスは、芸術としての存在をあえて覆い隠し、観客の認知や反応を作品の一部として取り込む特徴を持っています。そのため、演者の意図や行為がどこまでが現実でどこまでが演技なのか、観客が判別できない構造を作ることで、「気づかれない演劇」という新たな表現領域を提示します。

この概念は、パフォーマンスアート、コンセプチュアルアート、さらには社会介入型のアートにも深く関係しており、芸術と日常、観客と演者の境界線を曖昧にする挑戦的な試みです。街頭や公共空間、カフェ、駅、学校など、非劇場空間で行われることが多く、演出は極めて自然で、あたかも現実の出来事のように観客に「経験」されることを意図しています。

このようなパフォーマンスは、現代社会の中で「見ること」「信じること」「演じられること」とは何かを問い直す実験的な試みでもあり、美術の中でも社会性・概念性が重視される領域で評価されています。



インビジブルパフォーマンスの起源と発展

インビジブルパフォーマンスの起源は、20世紀初頭のダダイズムやシュルレアリスムなど、既存の美術や演劇の枠を壊そうとする前衛運動にさかのぼります。特にダダの芸術家たちは、意図的に観客を驚かせたり、困惑させたりすることで、芸術そのものの定義を問い直しました。

1960年代から70年代にかけては、ヨーゼフ・ボイスやアドリアン・パイパーといったアーティストが、日常空間を舞台にしながら、行為の芸術としてのパフォーマンスを展開。これらの作品では、観客が「演劇」として認識するかどうかが問題ではなく、行為そのものが作品であるという視点が強調されました。

また、1980年代以降には「インビジブル・シアター」という言葉が演出家アウグスト・ボアールによって提唱されました。彼は、抑圧された人々の声を表現するために、公共の場で行う即興劇(フォーラムシアター)を提案し、その一形態として「見えない演劇=インビジブル・シアター」を用いました。

このように、政治的、社会的な課題に直面する場での芸術介入としても、インビジブルパフォーマンスは発展していったのです。



インビジブルパフォーマンスの実践と構成要素

インビジブルパフォーマンスの実践には、次のような特徴と構成要素が見られます。

1. 空間の選定と非劇場性
このパフォーマンスは、劇場以外の場所、たとえば商業施設、公共交通機関、街角、学校の教室など、あくまで日常の延長線上にある空間を舞台とします。非演劇的な場所において行われることで、パフォーマンス自体が可視化されることを避け、観客に「これは本当に起きていることなのか?」という問いを抱かせます。

2. 演技の自然さと即興性
演者の演技は極めて自然であり、他者に紛れるような服装や振る舞いが求められます。台詞や動作は時に事前に準備されますが、現場での即興性が重要視されるため、演者は状況判断力と反応力を求められます。

3. 観客の認識構造を揺さぶる
インビジブルパフォーマンスでは、観客が最初から「見ている」とは限りません。むしろ、知らずに体験することが前提となっており、作品が終了しても観客が「パフォーマンスを見た」と気づかない場合すらあります。そのため、作品の存在が認識されないことすら「成功」とされる、非常にユニークな構造を持っています。

4. 社会的メッセージの内包
多くのインビジブルパフォーマンスは、社会的なテーマを扱います。貧困、人種差別、ジェンダー問題、戦争、移民問題などが題材となり、公共の場での「介入」や「可視化されない声の代弁」として機能します。



現代におけるインビジブルパフォーマンスの展開と意義

現代の舞台芸術では、テクノロジーの進化やインタラクティブな表現の発達によって、観客との関係性を問い直す作品が増加しています。インビジブルパフォーマンスはその最前線に位置する手法の一つとして、舞台・演劇のみならず、美術、都市計画、社会運動など多領域で用いられています。

また、教育的文脈やワークショップの中でも応用されており、参加者の意識を変容させるツールとしても高く評価されています。たとえば、福祉施設や地域社会での対話を生む目的で、演劇であることを伏せた上でのインタラクションが導入されることがあります。

一方で、倫理的な議論も存在します。観客に知らされないままに体験させる構造は、「表現の自由」と「観客の権利」の間で議論を呼ぶこともあります。芸術としての境界を越えるこの手法は、感動や発見をもたらす一方で、不快感や誤解を招くリスクも含むため、そのバランスと目的が常に問われています。



まとめ

インビジブルパフォーマンスとは、観客の視覚的・認知的意識の外側で行われる、非常に実験的かつ社会的な舞台・演劇表現の一形態です。

その起源は20世紀の前衛芸術にあり、現代では社会介入、教育、都市空間での表現など多様な領域へと広がっています。

「見せないことで問いを投げかける演劇」として、私たちの「見ること」や「信じること」の根本を再考させるこの手法は、舞台芸術における新たな可能性を切り拓いていると言えるでしょう。


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