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舞台・演劇におけるウォークスルーシアターとは?

美術の分野におけるウォークスルーシアター(うぉーくするーしあたー、Walk-through Theatre、Théâtre en Parcours)は、観客が劇場内や特定の空間を自ら歩きながら、演出された演劇体験を能動的に体感する演劇形式を指します。この形式では、従来のように客席に座って舞台を鑑賞するのではなく、観客が舞台美術の一部として空間内を移動することで、ストーリーやキャラクターとの距離を縮め、没入的な体験を得られるという特徴があります。

「ウォークスルー(walk-through)」という語は、もともと展示やテーマパークでの体験型アトラクションに用いられていた概念ですが、2000年代以降、体験重視のパフォーマンスアートやインスタレーションが演劇と融合する流れの中で、演劇分野にも応用されるようになりました。観客はシーンからシーンへと移動しながら、物語の一部に巻き込まれたり、登場人物と対話したりするなど、通常の観劇とは異なる身体的・心理的参加を求められます。

フランス語では「Théâtre en Parcours(テアトル・アン・パルクール)」とも訳され、パルクール(parcours=経路・道筋)という言葉が示すように、観客が通るルートそのものが演出の一部となります。特定の順路が決められている場合もあれば、観客が自由に選択しながら巡る形式もあり、個々の観客に異なる体験をもたらすのも本形式の魅力のひとつです。

このような空間の中で演じられる演劇作品では、照明、音響、美術、映像といった多様な要素が統合され、五感に訴える総合芸術としての側面が強くなります。また、観客の身体的移動に合わせて時間の流れや物語構造も変化し、演劇における「時間」「空間」「身体」という三要素を再構築する革新的なアプローチとして、現在多くの注目を集めています。



ウォークスルーシアターの歴史と成立背景

ウォークスルーシアターの源流は、1960年代以降の環境演劇(Environmental Theatre)やサイトスペシフィック・パフォーマンス(Site-specific Performance)に見出すことができます。これらは従来のプロセニアム・アーチ型(舞台と客席が分かれた形式)を超え、演劇と観客、そして空間の関係性を再定義しようとする試みでした。

特にアメリカの演出家リチャード・シェクナーによる実験的な上演や、ヨーロッパでの前衛演劇運動が、観客の位置を固定せず、移動可能な演劇空間としての「パフォーマンスゾーン」の概念を生み出しました。また、演劇と展示空間を融合させた美術館での演出なども、ウォークスルー的演出の先駆けとして機能しました。

2000年代以降、「イマーシブシアター(Immersive Theatre)」というジャンルの隆盛とともに、この形式は再評価され、観客参加型の演出が広がっていきました。特にイギリスの「パンチドランク(Punchdrunk)」による『Sleep No More』などは、空間内を観客が自由に歩きながら物語を断片的に追う構造を取り、世界中に影響を与えました。

日本においても、美術館や廃校、工場跡、地下施設などを舞台としたウォークスルー型の演劇公演が増加しており、アートプロジェクトや地域振興と結びつく形で発展しています。



構造と演出の特徴

ウォークスルーシアターの最大の特徴は、観客が舞台空間の中を自ら移動することにあります。これは演出上、いくつかの重要な要素を伴います。

  • 空間設計:観客が移動するルートや滞在時間、視点の変化を計算しながら舞台美術を構成する。
  • ストーリーテリングの分散性:観客が同じ時間に異なる場所で異なるシーンを見るため、物語が線的ではなく断片的に提示される。
  • 観客の能動性:観客が体を動かすことによって、物語の構成に影響を与えるという感覚が生まれる。
  • 演者との距離:物理的にも心理的にも、観客と演者の距離が近いため、リアリティの強調が可能。

この形式では、俳優が一人の観客に話しかけたり、物語の断片を手渡したりすることで、観客個人と作品の間に独自の関係が築かれるという効果もあります。演出によっては観客が登場人物の一人として振る舞うように促されることもあり、参加型演劇と密接に結びついています。

また、音響や照明も観客の動きに合わせて変化することが多く、センサーやAR(拡張現実)などの技術を取り入れることで、より精緻な演出が可能になります。これにより、空間全体がまるで「演劇的インスタレーション」として機能するのです。



現代の実践と未来への展望

現在、ウォークスルーシアターは演劇の枠を超え、体験型アート、観光、教育、医療といった多分野で応用されています。たとえば、歴史的建造物を舞台にした地域アートフェスティバルでは、観光客がその場所の歴史や文化を身体で感じ取る手段としてこの形式が取り入れられています。

教育分野では、博物館での体験型学習、あるいはSDGsをテーマとした社会問題への参加型演劇など、ウォークスルー形式が人々の理解を深める新しい方法として注目されています。

さらにポスト・コロナ時代においては、観客同士の距離を確保しながら演劇を体験できるという特性から、公共衛生的観点でも評価されています。また、VR技術やメタバース空間を用いた「デジタル・ウォークスルー」も誕生しており、空間の物理的制限を越えた新たな可能性が広がっています。



まとめ

ウォークスルーシアターは、観客の身体的な移動を通じて物語や空間と深く関わることを可能にする、現代演劇における革新的な表現形式です。

その成立には環境演劇やイマーシブ演出の影響があり、現在では演劇だけでなく、アート、観光、教育といった分野にも拡張しています。

観客が「歩くこと」で物語の断片を拾い集め、演劇空間を「旅する」この形式は、今後も演劇の新たな地平を切り拓く方法論として、国内外でさらなる発展が期待されています。


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