舞台・演劇におけるオペラ・セリアとは?
美術の分野におけるオペラ・セリア(おぺら・せりあ、Opera seria、Opéra seria)は、18世紀のイタリアを中心に発展した重厚な様式の歌劇の一種であり、神話や古代史を題材にした荘厳かつ格調高い作品群を指します。「セリア(seria)」は「真面目な」「厳粛な」という意味を持ち、対となる軽妙な様式「オペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)」と区別されます。
英語表記では「Opera seria」、フランス語では「Opéra seria」と書かれ、どちらもイタリア語をそのまま使用することが一般的です。本ジャンルは、バロック期の王侯貴族の宮廷文化と深く結びつき、道徳や権力、英雄的美徳を題材とした作品が多く、舞台美術・衣装・演出においても壮麗な演出がなされました。
この様式の特徴としては、ダ・カーポ・アリア(ABA形式のアリア)を多用し、主演歌手の技巧を披露する構造が定番化していました。また、レチタティーヴォ(語るように進む会話調の部分)とアリア(抒情的な旋律)を交互に展開する形式が基本で、物語の進行と感情の表現を分担していたことも特徴的です。
代表的な作曲家にはジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ、ジョージ・フリードリヒ・ヘンデル、クリストフ・ヴィリバルト・グルック、そしてヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの初期作品などが挙げられます。
本記事では、オペラ・セリアの成立と発展、音楽的・演劇的特徴、そして現代における再評価までを詳しくご紹介いたします。
オペラ・セリアの歴史と成立背景
オペラ・セリアは17世紀後半から18世紀にかけて発展したジャンルであり、イタリアを中心にヨーロッパ各国で宮廷向けに上演されていました。この様式は、バロック期の装飾的・儀式的な演劇と深く関わっており、初期には詩人ピエトロ・メタスタジオが書いた台本が標準的なモデルとして広く採用されていました。
物語の主題はギリシャ神話やローマ史に基づき、登場人物は王や英雄、女王、神々といった高貴な存在が中心となります。道徳的教訓や理性の勝利といったテーマが強調され、聴衆に対して倫理的なメッセージを伝える構造が取られていました。
演出面では、舞台装置や衣装に豪華さが求められ、当時の貴族社会の威信を象徴する場でもありました。音楽面では、技巧的なアリアが主軸となり、歌手、特にカストラート(去勢高音男性歌手)の名技が披露される重要な舞台でもありました。
18世紀中頃にはこの様式が形式化・マンネリ化し始めたため、作曲家たちは新たな方向性を模索するようになります。その中で生まれたのが、グルックによるオペラ改革です。
音楽的・演劇的特徴と形式の分析
オペラ・セリアの最大の特徴は、ダ・カーポ・アリアの多用にあります。このアリアはA-B-Aの三部構成で、Aパートを再現する際には歌手の自由な装飾(カデンツァや即興的な技巧)が許されており、聴衆は歌手の実力を堪能する場でもありました。
また、物語の進行は主に「レチタティーヴォ(朗誦)」によって行われ、登場人物の感情や思考はアリアで表現されるという明確な役割分担がありました。この構成によって、演劇的展開と音楽的快楽がバランスよく配置されていたのです。
配役は通常、主人公(王や英雄)をカストラートが演じることが多く、対立する敵役や助演者も技量に応じたアリアが与えられていました。登場人物は少人数で構成されることが一般的であり、全体としてシンプルながらも格調高い印象を与える構成が取られていました。
オーケストレーションは控えめで、声楽が中心の構造となっており、舞台上での派手な演技というよりも、歌唱による心理描写と内面表現に焦点が当てられていました。
衰退と現代における再評価
18世紀後半に入ると、形式化したオペラ・セリアに対して批判が高まり、クリストフ・ヴィリバルト・グルックが提唱したオペラ改革がその流れを変えることとなりました。グルックは、「音楽は物語に奉仕すべきだ」とし、アリア偏重主義を排し、物語と音楽の一体化を志向しました。
さらに、モーツァルトもこの流れを汲みつつ、『イドメネオ』や『皇帝ティトゥスの慈悲』など、オペラ・セリア様式を革新した作品を発表しました。しかし、19世紀に入ると、ヴェルディやワーグナーといったロマン派作曲家の台頭により、オペラ・セリアは時代遅れの形式として徐々に舞台から姿を消していきます。
しかしながら、20世紀後半以降にはバロック音楽の復興運動が起こり、古楽演奏(ピリオド奏法)の普及と共に、オペラ・セリアも再び注目を集めるようになります。ヘンデルの『ジュリアス・シーザー』や『ロデリンダ』などが現代演出と組み合わされて再演され、新たな芸術的価値を見出されています。
特に近年では、カウンターテナーや女性歌手によるカストラート役の再現、映像技術を活かした舞台演出などによって、現代の観客に訴える新たな解釈が試みられています。
まとめ
オペラ・セリアは、18世紀ヨーロッパにおいて最も格式高い歌劇形式として君臨し、英雄的題材と技巧的音楽が融合した壮大な芸術表現を実現しました。
形式美の中に込められた道徳的教訓や精神的ドラマは、現代の舞台でも新たな形で再発見され続けています。演劇的にも音楽的にも多くの示唆を持つ本様式は、歴史的遺産としてだけでなく、今なお進化を遂げる生きた舞台芸術であると言えるでしょう。