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舞台・演劇におけるオムニディレクショナルライティングとは?

美術の分野におけるオムニディレクショナルライティング(おむにでぃれくしょなるらいてぃんぐ、Omnidirectional Lighting、Éclairage omnidirectionnel)は、舞台・演劇においてあらゆる方向から均等に光を照射する照明手法を意味します。この用語は、特定の方向からの照明ではなく、俳優や舞台装置、空間全体に対して、影やコントラストを極力排除した形で均一に光を当てる技術・演出様式として用いられます。

語源としては、英語の「Omnidirectional」が「全方位的な」「あらゆる方向への」という意味を持ち、「Lighting(ライティング)」が「照明」を意味します。仏語においては「Éclairage omnidirectionnel」と表記され、同様に演劇やインスタレーションアートなどで広く認知されています。

この手法は、古典的なスポットライトやサイドライトと異なり、光源が特定の場所に限定されないため、舞台上に「時間」や「場所」といった制約を感じさせない空間をつくることが可能です。また、映像演出との併用や、インスタレーション的演出においても効果を発揮します。

演劇におけるオムニディレクショナルライティングは、舞台全体に均等な明るさを与えることで、特定の視点からの演出を避け、観客の想像力を喚起する自由な解釈空間を提供する目的でも用いられます。



オムニディレクショナルライティングの歴史と概念の成立

照明技術の歴史において、舞台演出は長く「光と影」の操作によって構築されてきました。19世紀のガス灯、20世紀初頭の電気照明の普及により、演劇におけるライティングは舞台の主題や感情の強調に使われるようになりました。

しかし、20世紀後半、とりわけ1960年代以降の現代演劇・実験演劇の流れの中で、「演出家の視点の押し付け」に対する反動として、「環境の均質化」や「観客の主体的な解釈」を促す照明手法が模索され始めました。これが「オムニディレクショナル(全方位的)」な発想の土壌となりました。

その代表的な展開例としては、ヨーロッパの実験劇団による空間全体を包み込むような照明設計、あるいはリチャード・フォアマンやロバート・ウィルソンらが推進した「観客の目線を特定の方向に誘導しない演出」が挙げられます。

このような流れの中で、舞台上のすべての要素を同等に可視化し、意味の階層を排除するという美学が登場し、技術的にも照明機材の多方向化・拡散化が進みました。これが、今日における「オムニディレクショナルライティング」の礎となっています。



技術的特徴と演出への応用

オムニディレクショナルライティングの最大の特徴は、光の「方向性」を排除することにあります。これは、照明器具の配置や性質に依存します。使用される主な機材としては、以下のようなものが挙げられます。

  • ディフューザーを通したフラッドライト:広角で拡散光を出すことで、影を極力なくします。
  • LEDパネル型照明:均一でフラットな明かりを提供可能。
  • 床面照明+天井照明の組み合わせ:下からと上からの光で影を打ち消し合う効果。

このような設計により、俳優が舞台上のどこにいても、同じ条件で照らされるという特性が生まれます。これにより、演出家は「場の制限」「焦点の設定」といった要素を意図的に外すことができ、作品全体を空間芸術として捉える演出手法に適しています。

特に現代美術と演劇の融合を志向する作品では、観客が舞台上のあらゆる要素に自由に注目できる環境を作るため、この技術が多用されます。



現代演劇における活用と意義

21世紀に入ってから、演劇とテクノロジーの融合が進む中で、空間の全体性を体験させる演出が増えつつあります。オムニディレクショナルライティングはその一環として、特に以下のような作品に多く用いられています。

  • 環境演劇(Environmental Theater):観客が舞台内に入り込む形式。
  • ポストドラマ演劇:物語中心でなく、構造や素材を前景化する演出。
  • インスタレーション型演劇:美術展示と融合した空間演出。

これにより、観客は照明に誘導されることなく、自身の関心や視点で舞台を体験することができます。

また、照明の「主張しなさ」が作品の持つ哲学的・構造的深みを引き立て、演劇空間を「意味の連鎖」ではなく「経験の場」として再構築するための重要な手法として評価されています。

このように、観客と舞台の関係性を再定義する照明技術として、オムニディレクショナルライティングは現代演劇の新たな可能性を拓いています。



まとめ

オムニディレクショナルライティングとは、舞台照明において光を全方位的に、均一に拡散させる演出手法を意味します。

その歴史は、現代演劇の空間演出の変革と密接に関係しており、観客の視線誘導を抑制することで、より主体的な鑑賞体験を可能にします。技術的には多方向からのフラットな光源によって影や焦点を排除し、空間そのものを作品化することが目的です。

今後も、演劇・美術・テクノロジーの境界が溶け合うなかで、空間演出の自由度を拡張する照明技法として、その価値はますます高まっていくでしょう。


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