舞台・演劇におけるキューとは?

美術の分野におけるキュー(きゅー、Cue、Réplique(仏)またはSignal(仏))は、舞台・演劇において俳優やスタッフが次の動作や台詞、演出効果を開始するための合図やきっかけとなる指示・要素を指します。舞台進行の中で極めて重要な役割を持つこの用語は、演出・演技・技術面すべてにおいて連携を保つための「時間の合図」として機能しています。

もともと英語の ""cue"" という語は、ラテン語の「quando(いつ)」に由来するとされ、「ある出来事がいつ起こるべきか」を示す目印として、中世の舞台芸術から使われてきたと伝えられています。これが転じて、現在では照明の切り替え、音響の開始、幕の上げ下げ、俳優の動き出しなど、あらゆる演出要素を適切なタイミングで実行するための「トリガー」として広く定義されています。

たとえば、ある俳優の台詞の最後の語が他の俳優のセリフの「キュー」になる、あるいは音楽が鳴り始めた瞬間に舞台上でのアクションがスタートする、というように、舞台上の流れと緊密にリンクするタイミング要素として用いられます。

舞台演劇においては、キューを正確に把握し、対応することが作品全体の完成度に直結します。演出家は台本上にキューを明示的に記載し、稽古の中でその実施タイミングや形式を細かく指導します。また、舞台監督や舞台監視(ステージマネージャー)は、リハーサルや本番時にキュー出しを担当し、舞台裏でのタイムキーピングに大きな責任を負っています。

このように、キューは単なる指示ではなく、舞台という複雑かつ即時的な表現空間において、全体の動きを支える「見えない糸」ともいえる概念です。観客には決して見えないその存在こそが、舞台芸術のダイナミズムと精密性を支える要であることは間違いありません。



キューの歴史と語源的背景

キュー(Cue)という用語の起源は諸説ありますが、一般的にはラテン語の「quando(いつ)」に由来する略語「Q」から発展したという説が有力です。これは、中世ヨーロッパの舞台演劇において、俳優に次の出番のタイミングを知らせるためのマークとして ""Q"" が用いられていたという記録に基づきます。

特にシェイクスピア時代のイギリス演劇では、セリフの台本においてキューとなる最後の単語を「キューワード」として指定する形式が取られており、これが次の演者の出番を示す合図として機能していました。この仕組みは、即興演技や台詞の省略が多かった当時の舞台環境において、非常に効果的なタイミング管理の方法だったのです。

近代演劇の確立とともに、演出や照明、音響といった技術要素が発展するにつれ、キューの種類は多様化していきます。舞台監督がインカムを通じて出す音響キュー、照明キュー、舞台装置の移動キューなど、スタッフ間での連携が強まるにつれて、キューは演出構造の中核的な要素となっていきました。

日本では明治期の西洋演劇導入以降、翻訳や演出書の中で「キュー」という外来語が取り入れられ、徐々に舞台用語として定着しました。現在では学校教育や劇団の稽古現場でも日常的に用いられており、プロ・アマ問わず共通認識として浸透しています。



現代舞台におけるキューの種類と機能

現代の演劇制作において、キューは多層的な意味を持ち、俳優・スタッフのあらゆる動作と連携しています。ここでは代表的なキューの種類とその機能を解説します。

  • 台詞キュー:俳優同士のセリフの受け渡しにおいて、次の発言者が出るタイミングを指す。
  • 音響キュー:音楽や効果音を出す合図。舞台監督が音響担当にタイミングを指示。
  • 照明キュー:照明の変化(点灯、暗転、色変更など)を指示するタイミング。
  • 舞台装置キュー:セットの移動や転換が行われる合図。
  • 俳優の動作キュー:演技上の特定の動作(出入り、視線移動など)を開始するきっかけ。

これらのキューは台本やキューシートに細かく記載され、本番中は舞台監督がそれらを管理・指示する形で統括します。特に秒単位の緻密なタイミングが求められる場面では、キューの正確性が舞台全体の出来栄えを大きく左右します。

たとえば「暗転後2秒で音楽スタート、5秒でスポット照明点灯」といった指示は、キューの明確な管理がなければ成立しません。こうしたタイミング調整が複数の部門で正確に連動することで、演劇空間に統一感と緊張感が生まれるのです。



キューにおける演技者とスタッフの連携

キューは単なる合図ではなく、舞台全体の「呼吸」を作り出す仕組みでもあります。俳優が台詞を「間」で出すタイミング、舞台監督が音響を入れるタイミング、その全てが絶妙なテンポを形成します。

舞台における俳優と技術スタッフの関係は、「言葉を持たないコミュニケーション」によって成り立っています。たとえば、俳優がある表情を見せることで照明キューを呼び起こし、照明の変化が次の演技のモチベーションとなるという相互作用的な演出が可能になります。

また、イレギュラーが発生した場合においても、キューによる調整が現場を救います。たとえば、俳優が台詞を飛ばしてしまった場合でも、舞台監督がキューのタイミングを調整することで音響や照明の流れを合わせ、本番を違和感なく進行させることが可能です。

このように、キューは「舞台を動かす司令塔」として機能し、演者とスタッフの「無言の対話」を成り立たせる基盤となっています。



まとめ

キューは、舞台演劇において演技・演出・技術のすべてを一つに繋げる「見えない糸」として機能する、極めて重要な要素です。

その歴史は中世ヨーロッパにまで遡り、近代演劇の発展とともに多様化してきました。現代の舞台では、台詞、音響、照明、舞台装置など多岐にわたるキューが駆使されており、それぞれが精密なタイミングと連携のもとで舞台空間を構築しています。

また、キューは俳優とスタッフの信頼関係の上に成り立つものであり、即興的な判断や緊急対応のためにも欠かせない存在です。舞台という一回性の芸術を支えるこの「きっかけ」は、決して観客には見えないながらも、もっとも舞台らしい美しさを生み出す根源とも言えるでしょう。


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