ビジプリ > 舞台・演劇用語辞典 > 【サウンドスケープ・デザイン】

演劇におけるサウンドスケープ・デザインとは?

舞台・演劇の分野におけるサウンドスケープ・デザイン(さうんどすけーぷ・でざいん、Soundscape Design、Conception de Paysage Sonore)は、空間全体における音の構成とその意味づけを設計する表現技法を指します。特に舞台・演劇においては、物語や感情、空間の印象を音によって形成・操作するための計画的な音響演出として用いられています。

サウンドスケープ・デザインの考え方は、「サウンド(音)」と「スケープ(風景)」という言葉の組み合わせから成り立っており、聴覚によって知覚される環境全体=音の風景を対象とします。つまり、この手法は個々の効果音や音楽といった単体の音ではなく、音の全体的なレイヤーや時間的流れ、周囲の音との関係性を捉え、それを設計するという観点に立っています。

舞台芸術の文脈においては、登場人物の心情や場面の変化、空間の広がりを観客に伝えるために、複数の音(環境音、音楽、効果音など)を有機的に組み合わせることで、「音で空間を演出する」技術として発展してきました。都市のざわめき、風の音、機械のうなり声などが重なり合い、ある一つの「音響世界」を創出することによって、観客に物語への没入感や現実感を与えることが可能になります。

このような演出は、視覚と聴覚が連動した総合芸術としての演劇表現において非常に重要であり、特に近年ではセンサー技術や空間音響(3Dオーディオ)の進化により、より精緻かつ動的なサウンドスケープが構築できるようになっています。



サウンドスケープ・デザインの歴史と理論的背景

サウンドスケープ・デザインの理論的基盤は、1970年代にカナダの作曲家・環境音楽研究者であるマリー・シェーファー(R. Murray Schafer)によって提唱された「サウンドスケープ論」にあります。彼は著書『The Tuning of the World(世界の調律)』の中で、私たちが日常的に接する音環境が社会や文化と深く関係していることを指摘し、音の風景を記録・分析・設計する重要性を説きました。

この理論はその後、音響エコロジーやサウンドアートの分野において広く受け入れられ、都市計画や建築、映像メディア、演劇といった多様な分野で応用されるようになります。特に舞台演出においては、空間のリアリティを高めるためだけでなく、「見えない舞台装置」としての音を創出する技術として注目され始めました。

たとえば、暗闇の中で始まる舞台において、虫の音、遠くで鳴る犬の声、木々がざわめく音が静かに流れることで、観客は視覚に頼ることなく、その空間に自らを置くことができます。このような音による「場の記憶」や「感情の触発」を設計するのがサウンドスケープ・デザインの役割なのです。

また、20世紀後半から現代にかけての舞台芸術では、リアリズムから脱却した抽象的・詩的演出が台頭する中で、音の意味や質感そのものを物語の一部として組み込む演出家や音響作家が登場し、表現の幅が大きく広がっています。



サウンドスケープ・デザインの技法と舞台演出への応用

舞台におけるサウンドスケープ・デザインは、単なる効果音やBGMの選定にとどまらず、音の出現タイミング、音量、音の重なり、周波数帯域、空間配置など、時間と空間の中で音がどう「存在するか」を設計する行為です。主な技法には以下のようなものがあります:

  • 環境音の編集と配置:都市、自然、人工空間などの録音素材を編集し、舞台の場面に応じた音の風景を構成。
  • 音源の空間配置(Spatialization):スピーカーの配置を工夫し、音がどの方向から、どの距離で聞こえるかを操作することで立体的な音空間を演出。
  • 時間軸の操作:音のフェードイン・アウト、残響やディレイの操作によって、時間的な印象や心理的流れを制御。
  • 象徴的・記号的音の導入:時計の針の音、列車の汽笛、海鳴りなど、観客の記憶や連想に働きかける音を効果的に配置。

演出家と音響デザイナーの緊密な連携が求められるのはもちろんのこと、照明や美術、俳優の動作と一体化した音設計が行われることで、視覚と聴覚の統合的な演出が完成します。

また、現代ではDAW(Digital Audio Workstation)や3Dオーディオ技術の進化により、舞台ごとにオーダーメイドで設計された精緻なサウンドスケープを実現することが可能となっており、実験的な舞台演出においては音による舞台の構造化さえ行われるようになっています。



サウンドスケープ・デザインの現代的意義と展望

現代におけるサウンドスケープ・デザインの意義は、単にリアリティを補強することではなく、観客の感覚や認知に働きかける芸術的装置として、舞台表現の核に据えられている点にあります。

特に以下のような分野で、その可能性が注目されています:

  • 没入型シアター:観客が舞台空間を自由に歩き回る演出において、音の導線としてサウンドスケープを設計し、物語の構造を「音で」伝える。
  • 視覚障がい者対応演劇:視覚情報の制限を補う手段として、空間や状況を音で表現するインクルーシブな舞台演出。
  • オンライン/VR演劇:映像では伝わりにくい空間性や臨場感を補うために、バイノーラル録音や空間音響を用いた演出。
  • 環境問題や都市論との連動:都市の音をそのまま素材とし、舞台上に再構築することで「音の公害」「記憶の音風景」など社会的なテーマに接近。

将来的にはAIによる音響構成や、観客一人ひとりに合わせたサウンドスケープのカスタマイズなども可能になり、感性に応じた音空間の設計が進化することが期待されます。

このように、サウンドスケープ・デザインは、舞台芸術の表現力を拡張するばかりでなく、人間と環境の関係性を「音」を通じて再考させる深い哲学的側面も持ち合わせています。



まとめ

サウンドスケープ・デザインは、音の風景全体を計画的に構築し、舞台演出における空間性・感情・物語性を豊かにする表現技法です。

その源流には、音響エコロジーや環境芸術の思想があり、今日では技術の発展とともに舞台芸術のあらゆる領域で応用されています。

今後、AI・センサー・3D音響など新たな技術との融合により、より感覚的で個別性の高い演出が実現されることが期待されており、音による空間演出の未来に向けた鍵となる手法として、ますますその重要性が高まっていくでしょう。

▶舞台・演劇用語辞典TOPへ戻る

↑ページの上部へ戻る

ビジプリの印刷商品

ビジプリの関連サービス