ビジプリ > 舞台・演劇用語辞典 > 【せり出し舞台】

演劇におけるせり出し舞台とは?

舞台・演劇の分野におけるせり出し舞台(せりだしぶたい、Thrust Stage、Scene en avancee)は、客席方向へと突き出した構造を持つ舞台の形式を指します。通常のプロセニアム型(額縁型)舞台とは異なり、舞台の三方を観客に囲まれる構造が特徴であり、俳優と観客の距離が物理的に近くなることで、臨場感と没入感の高い演出が可能となる舞台形態の一つです。

英語では「Thrust Stage(スラスト・ステージ)」と呼ばれ、仏語では「Scene en avancee(セーヌ・アン・アヴァンセ)」または「Scene en forme de fer a cheval(馬蹄形舞台)」とも称されます。この形式は、演劇空間の配置として古くから存在しており、演出の自由度や観客との親密性を高める手法として現代演劇でも再評価されています。

せり出し舞台は、伝統的な舞台装置や背景を設けにくいという制約がある一方で、演技主体の演劇や対話劇においては、俳優の表情や動きを立体的に観せることが可能となり、観客の感情移入を強く引き出す力を持っています。

劇場建築においてこの形式を採用するケースも多く、シェイクスピア演劇を上演するために設計されたロンドンのグローブ座や、日本国内の現代小劇場にも数多く見られます。また、可動式の舞台セットを用いて、通常の舞台を一時的に「せり出し舞台」へと変化させる演出手法もあります。

このように、せり出し舞台は、空間構成と演出意図を密接に結びつける舞台構造として、演劇表現の多様性を支える重要な装置となっています。



せり出し舞台の歴史と発展

古代ギリシャの円形劇場は、観客席が舞台の三方を取り囲む構造であり、せり出し舞台の原型ともいえる形式でした。中央の「オルケストラ」と呼ばれる舞台で演者が演技を行い、周囲を囲む客席が演劇の臨場感を最大限に引き出していました。

この伝統はローマ時代にも受け継がれ、中世ヨーロッパにおいては街中や教会前に仮設される舞台も、観客との近接性を重視する構造を持っていました。

しかし、17世紀から18世紀にかけてのルネサンス以降、額縁舞台(プロセニアム・アーチ)が標準化され、観客と舞台を明確に隔てる構造が一般化しました。演者と観客の距離が広がり、舞台装置や背景美術が発展した一方で、せり出し舞台のような密接な空間は次第に姿を消していきます。

20世紀に入ると、この隔たりを再び取り払おうとする演出家や劇場建築家が現れました。イギリスのタイロン・ガスリーが1950年代に設計したガスリー劇場(ミネソタ州)では、「スラスト・ステージ」の形式が採用され、古典劇の上演において俳優と観客の対話的な関係性を強調する構造として評価されました。

また、日本においても1980年代の小劇場ブーム以降、舞台と客席の垣根を低くし、実験的演出を可能とする空間として再評価され、数多くの劇団や劇場に導入されるようになりました。



せり出し舞台の構造と演出効果

せり出し舞台の最大の特徴は、観客が舞台の三方、場合によっては四方を取り囲む構造にあります。以下にその主要な構成要素を示します。

  • 舞台の突出部:客席中央へと延びたステージ部分
  • 観客配置:側面・前面を囲むように配置される座席
  • 背景装置の制限:通常のように背景美術が固定できないため、装置は簡素か可動式が多い
  • 照明設計:俳優のどの面も照らせるように多角的な照明が必要

このような構造により、以下のような演出効果が期待されます:

  • 観客との心理的距離の近さ:俳優が間近に感じられることで臨場感が増す
  • 演者の全方向への意識:正面だけでなく側面や後方の観客にも配慮した演技が求められる
  • 舞台空間の開放性:壁がないことによる自由な動きと動線設計
  • ダイナミックな演出:俳優が観客の間を動くような表現も可能

ただし、舞台美術や音響設計が難しくなるため、視覚効果に依存しない演劇的表現が求められる点は、演出側の工夫が問われる部分でもあります。



現代演劇における活用と可能性

現代の舞台演劇において、せり出し舞台は、作品のテーマや演出方針に応じて柔軟に活用されており、演劇空間そのものを演出意図として取り入れるケースが増えています。

たとえば、社会的テーマを扱う演劇では、観客と俳優の距離が近いことによって、劇的な出来事が観客自身の身に起こっているかのような臨場感を生み出すことができます。

また、現代の舞台装置はモジュール化されており、可動式の舞台セクションを用いて、一時的にせり出し舞台を設置することも可能です。これにより、通常の舞台を使用する劇場でも、演出の幅を広げることができます。

さらに、ダンスや身体表現を中心とした演目においても、観客が俳優の動きを立体的に鑑賞できるせり出し舞台は、視覚的にも没入感のある舞台芸術を実現する手段として注目されています。

教育現場や演劇ワークショップでは、俳優に多方向の視線や動作を意識させる訓練として、せり出し舞台形式を取り入れることで表現力の強化にも繋がっています。



まとめ

せり出し舞台とは、舞台が客席方向へ突き出す構造を持ち、観客が舞台の三方を取り囲む形式の舞台です。

古代劇場から現代の小劇場に至るまで、その歴史は長く、俳優と観客の距離を縮め、空間の臨場感を高める装置として演劇の革新を支えてきました。

今後も、作品の世界観や演出方針に応じた空間演出の一環として、せり出し舞台はその柔軟性と身体性を活かしながら、舞台芸術の多様性を広げていくことでしょう。

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