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演劇におけるセンソリーシアターとは?

舞台・演劇の分野におけるセンソリーシアター(せんそりーしあたー、Sensory Theatre、Theatre sensoriel)は、視覚や聴覚だけでなく、触覚、嗅覚、味覚といった五感すべてを刺激することを目的とした演劇形式です。従来の観客が座って舞台を鑑賞するスタイルとは異なり、観客が能動的に空間に入り込み、身体的・感覚的に体験する演劇として、主に現代演劇やパフォーマンスアートの文脈で展開されています。

英語では「Sensory Theatre」、フランス語では「Theatre sensoriel」や「Theatre immersif sensoriel」と表記され、1990年代以降、ヨーロッパを中心に発展してきました。特に感覚統合や自閉症スペクトラムの子どもたちとのインクルーシブな活動の一環としても注目されており、教育的・療育的文脈でも活用されています。

センソリーシアターの特徴は、照明や音響だけに頼らず、香り、空気の流れ、質感の異なる素材、温度変化、さらには味覚の刺激など、空間全体を舞台装置としたマルチセンサリー演出にあります。演者と観客の距離も極めて近く、時には演者が観客に語りかけ、触れることもあります。

このようにセンソリーシアターは、身体と感覚を通じて物語と接続する「体験する演劇」として、現代演劇の新しい地平を切り拓いています。



センソリーシアターの歴史と背景

センソリーシアターの起源は、演劇史の中でも比較的新しい部類に属しますが、その思想は古代の宗教儀式や祝祭劇にまで遡ることができます。古代ギリシャの演劇や中世の神秘劇では、視覚と聴覚以外の感覚も動員される祝祭的空間が存在していました。

近代以降、演劇は舞台と客席という明確な境界の中で展開されるようになりますが、20世紀後半、とりわけ1960~70年代の前衛演劇の中で、演劇空間の再構築と観客の能動性を重視する動きが現れました。ピーター・ブルック、アリアーヌ・ムヌーシュキン、テアトル・ド・ソレイユなどの活動は、身体と感覚を通じた没入的な演劇体験を追求する原動力となりました。

さらに1990年代以降、英国やオーストラリア、北欧などで、知的障害や発達障害を持つ子どもたちのために開発されたセンサリー・スペースやセンサリー・ルームの概念が演劇に応用されるようになり、「インクルーシブ・シアター」や「感覚統合支援演劇」としての展開を見せます。

これによりセンソリーシアターは、芸術・教育・福祉の接点に立つジャンルとして、独自の進化を遂げることとなったのです。



センソリーシアターの特徴と手法

センソリーシアターの演出は、従来の視覚・聴覚中心の演劇に比べて、より身体的で直感的な感覚刺激に重点を置いています。そのため、俳優は「演じる」だけでなく、「感じさせる」ための動作や接触、空間構成にも高い感性が求められます。

具体的な演出技法としては、以下のような要素が用いられます。

  • 触覚刺激:柔らかい布、ざらついた壁、冷たい石などの質感を直接触れて感じる演出
  • 嗅覚刺激:香水やアロマ、食物の香りなどを空間に漂わせ、記憶や感情に訴えかける
  • 聴覚演出:高周波音や低周波音、微細な囁き声など、通常の劇場では聞き取りにくい音の活用
  • 動線の非固定化:観客が舞台上を自由に移動したり、俳優に導かれて空間を探索する構成
  • 参加型演出:観客に対して話しかけたり、選択を促すインタラクティブな要素

これらの技法によって観客は、「見る」ことから「感じる」ことへのシフトを体験し、物語を身体全体で吸収するような感覚に没入していきます。



現代演劇における意義と可能性

現代におけるセンソリーシアターの意義は多岐にわたります。第一に、感覚刺激を重視することで、言語や知識に依存しない「誰にでも開かれた演劇」が実現できるという点です。

これにより、小さな子ども、言語障害を持つ人、あるいは異文化の観客にも「体験」として物語を届けることができるのです。また、AIやVR技術の発展により、センサリーな演出を拡張するテクノロジーの活用も進んでおり、空間の温度制御、風、振動といった環境フィードバック型演出も実現されつつあります。

さらに、医療やリハビリの領域では、感覚統合療法心理的トラウマの治療を目的としたアートセラピーの一環として、センソリーシアターの技法が応用されている例も増えています。

芸術表現としての挑戦性と、社会的包摂性を兼ね備えたこのジャンルは、演劇の未来を照らす可能性に満ちているのです。



まとめ

センソリーシアターとは、五感すべてを活用し、観客が身体的・感覚的に物語に没入できる演劇形式です。

その起源は祭礼や儀式に見られる身体性にあり、現代ではインクルーシブな演劇実践や福祉・教育の分野にも広がりを見せています。

今後、テクノロジーとの融合を通じて、より豊かで多様な表現として発展していくことが期待されます。

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