演劇におけるセンソリーパフォーマンスとは?
舞台・演劇の分野におけるセンソリーパフォーマンス(せんそりーぱふぉーまんす、Sensory Performance、Performance sensorielle)は、観客の五感を積極的に刺激することを目的とした身体的・没入型の舞台表現を指します。視覚・聴覚だけでなく、触覚・嗅覚・味覚などあらゆる感覚を通じて物語や主題を体験させる点に特徴があり、現代演劇やパフォーマンスアートの革新的なアプローチの一つとして位置づけられています。
英語での表記は 'Sensory Performance'、フランス語では 'Performance sensorielle' と表記され、1990年代以降、ヨーロッパやオーストラリアを中心に演劇教育、療育プログラム、インクルーシブ・アートなどで急速に発展しました。特に自閉症や感覚過敏を持つ人々へのアプローチとしても注目されており、「すべての人に開かれた表現形式」として活用が広がっています。
センソリーパフォーマンスは、演者と観客の間の境界を曖昧にし、観客をただの鑑賞者ではなく、能動的な参加者と捉えることが基本理念です。パフォーマンス空間自体が触れる、聞こえる、香る、味わうといった感覚刺激の源となる舞台として構築され、観客は身体全体でストーリーやテーマを「感じ取る」ことが求められます。
このような感覚的・身体的な体験を重視する表現は、演劇と人間の感受性の本質的な関係を再発見させる力を持ち、アートの民主化やケア領域との連携といった点においても、今後ますます重要性を増していくと考えられます。
センソリーパフォーマンスの起源と展開
センソリーパフォーマンスの源流は、20世紀中葉の前衛芸術運動に見られる「身体と空間の再接続」や「観客の能動化」を志向する演劇理論にあります。たとえば、アントナン・アルトーの「残酷演劇」や、ゲルトルート・スタインの抽象演劇、さらにはピーター・ブルックの「空の空間」などは、観客が単に視聴覚情報を受け取るのではなく、全身で演劇に浸る体験を強調してきました。
これらの思想が実践的に展開されたのが、1970~1980年代にかけての身体演劇、環境演劇、イマーシブシアターの潮流です。そして1990年代以降、感覚統合や発達障害者支援との接点を持つ中で、「感覚刺激の質」を意識的にデザインしたパフォーマンス、すなわちセンソリーパフォーマンスとしての形が明確になっていきました。
特にイギリスのOily Cart TheatreやFrozen Light Theatreなどは、センソリーアプローチをベースに、発達に課題を持つ子どもや高齢者との対話的演劇を展開し、多感覚的な舞台の創出に成功しています。
センソリーパフォーマンスの演出技法と感覚設計
センソリーパフォーマンスでは、通常の舞台技術に加えて感覚設計が重要な役割を担います。ここでの「感覚設計」とは、視覚や聴覚以外の感覚に対してどのような刺激を与えるかを計画的に組み込むプロセスです。
具体的な演出要素には次のようなものが含まれます:
- 触覚:手触りの異なる素材(フェルト、氷、水、毛皮など)を舞台装置や小道具として使用
- 嗅覚:演出シーンごとの香りを空間に放つ(ラベンダー、木の香り、食物の匂いなど)
- 味覚:観客が実際に何かを食べたり、舐めたりする体験を取り入れる
- 温度・空気:扇風機やヒーター、ミストなどを用いて空間の体感温度を変化させる
- 音響:環境音、極小音、360度音響によって定位や振動感を演出
これにより、物語の内容と感覚体験が一致するようにデザインされ、観客は身体を通して物語に没入する感覚を得ることができます。
現代社会における意義と展望
現代においてセンソリーパフォーマンスは、多様な文脈でその価値を発揮しています。
第一に、感覚的アプローチにより、年齢、言語、障害の有無を超えた共通体験を提供できるという点です。これはバリアフリーな表現の一つとして高く評価され、教育機関や医療施設、福祉施設との連携も進められています。
また、都市の再開発地域や非劇場空間を用いた実験的なプロジェクトにも応用され、従来の演劇が届かなかった層との接点を生む試みとして、アートマネジメントの現場からも注目を集めています。
さらに、近年はXR(拡張現実)やセンサーデバイス、AIの導入により、リアルタイムで感覚刺激をカスタマイズすることが可能となっており、センソリーパフォーマンスの進化は今後さらに加速するでしょう。
まとめ
センソリーパフォーマンスは、五感すべてを活用し、観客が身体的かつ感覚的に没入する新しい演劇体験です。
その起源は身体演劇や環境演劇にあり、現代では福祉・教育・アートの垣根を超える表現形式として注目されています。
今後はテクノロジーとの融合を通じて、さらに個別化された感覚演出や、社会包摂型の芸術活動としての活用が進むことが期待されます。