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美術におけるアウトサイダーアートとは?

美術におけるアウトサイダーアート(Outsider Art、Art Brut)とは、正規の美術教育を受けていない人々や、精神障害者、社会的に孤立した人々など、主流の美術界の「外側」にいる作家による芸術表現を指します。フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが1940年代に提唱した「アール・ブリュット(生の芸術)」という概念に由来し、1970年代にイギリスの美術評論家ロジャー・カーディナルによって英語圏に「アウトサイダーアート」として紹介されました。既存の美術様式や流行、技法にとらわれない純粋で自発的な創造性が特徴とされています。


アウトサイダーアートの歴史と概念の発展

アウトサイダーアートの概念的起源は、1940年代にフランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが提唱した「アール・ブリュット(Art Brut、生の芸術)」にあります。デュビュッフェは精神科病院の患者や孤独な人々の作品に強い関心を持ち、それらを「文化的な規範に汚染されていない純粋な創造性の表現」として高く評価しました。彼は1948年にパリでアール・ブリュット協会を設立し、これらの作品の収集と研究を始めました。

1970年代には、イギリスの美術評論家ロジャー・カーディナルが「アウトサイダーアート」という用語を英語圏に導入し、アール・ブリュットの概念を広げました。カーディナルは、精神障害者だけでなく、社会的に孤立した人々、自己流の作家など、主流の美術教育や制度の「外側」で創作活動を行う人々の作品全般を指す言葉としてこの用語を用いました。

アメリカでは同様の概念として「フォークアート」や「セルフトート・アート(独学で学んだ芸術)」という言葉も使われてきましたが、これらは主に文化的・地域的な伝統に基づく作品を指す傾向があり、アウトサイダーアートとは微妙に異なります。現在では「ヴィジョナリーアート(幻視的芸術)」という用語も用いられることがあり、特に強い精神的・宗教的ヴィジョンに基づく作品を指します。



アウトサイダーアートの特徴と表現

アウトサイダーアートの最も顕著な特徴は、その自発性にあります。これらの作家たちは、美術界の評価や商業的成功を意識せず、内的な衝動や必要性から作品を生み出します。そのため、既存の美術様式や技法にとらわれない独自の表現方法を発展させることがあります。

表現の特徴としては、反復的なパターン細密な描写空間を埋め尽くす充填性独自の象徴体系の使用などが挙げられます。また、入手可能な材料(廃材、日用品など)を創造的に使用することも多く、伝統的な美術材料に限定されない多様な素材が用いられます。

アウトサイダーアートの多くは、作家の内的世界や精神性の表現としての側面を持ちます。精神障害を持つ作家の場合、その症状や体験が作品に色濃く反映されることがあります。また、独自の宇宙観や哲学、宗教的ヴィジョンを視覚化した作品も多く見られます。

しかし、アウトサイダーアートを単に「精神障害者の芸術」として一般化することは適切ではありません。作家の背景は多様であり、創作の動機や表現も個々に異なります。共通しているのは、主流の美術教育や制度からの独立性と、内的必要性に基づく創作という点です。



現代社会におけるアウトサイダーアートの位置づけと課題

皮肉なことに、かつて「外側」にあったアウトサイダーアートは、現在では美術館やギャラリー、オークションなどで一定の地位を確立しています。1970年代以降、アウトサイダーアートを専門に扱う美術館や展覧会、コレクションが世界各地で増加し、市場価値も高まっています。

日本では「アール・ブリュット」や「エイブルアート(可能性の芸術)」という言葉で知られ、特に障害者の芸術活動を支援する取り組みが広がっています。2000年代以降、全国各地でアール・ブリュット展が開催され、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた文化プログラムでも注目されました。

しかし、アウトサイダーアートの主流化に伴い、いくつかの倫理的・概念的課題も浮上しています。作家の意図や同意なしに作品が商業的に利用されるケースや、障害や社会的孤立などの背景を過度に強調する「他者化」の問題が指摘されています。また、「アウトサイダー」という概念自体が、誰が「内側」で誰が「外側」かを定義する権力構造を内包しているという批判もあります。

さらに、アウトサイダーアートが美術市場や制度に取り込まれることで、その本来の「外側性」や純粋性が失われるというパラドックスも存在します。かつて「主流から外れている」ことを特徴としていた芸術が、主流に組み込まれることで、その定義自体が揺らいでいるのです。



まとめ

アウトサイダーアートは、正規の美術教育を受けていない作家による、既存の様式や技法にとらわれない純粋で自発的な芸術表現です。精神障害者や社会的に孤立した人々の作品が含まれることが多いですが、その本質は主流の美術界からの独立性と内的必要性に基づく創作にあります。

フランスのジャン・デュビュッフェによるアール・ブリュットの概念に端を発し、現在では世界中で認知され、評価されるようになっています。日本でもアール・ブリュットやエイブルアートとして、特に障害者の芸術活動が注目されています。

しかし、かつては「外側」にあったこの芸術が主流化することで、定義や価値の再考を迫られています。作家の尊厳や権利の尊重、「他者化」の回避、そして芸術としての純粋な評価など、多くの課題が存在します。アウトサイダーアートは単なる美術のジャンルを超えて、芸術の本質や社会における多様性の価値を問い直す重要な存在として、これからも議論と探求が続けられていくでしょう。


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